Jan 13, 2009
手形割引を拒否する場合
金融機関から手形割引は、よく行われています。ただし、すべて無条件で削って与えるのではなく、次の場合などでは、手形の割引をお断りしております。 ●商取引の裏付けのない融通手形●与信枠を超えて、企業からの割引依頼●原点企業のための割引枠が残っていない●原点企業に信用不安が●承認禁止されている声明FXは悪いイメージがあったのだが、最近では週刊誌にも載ってないようになってきたし、ニュースにもならずきたため、悪徳のFX業者ではなくなってきたものと考えている。しかし、生き残ったのFX会社にも試練が待っているようだ。レバレッジ規制などFX業者で見ると、収益の機会を剥奪しているということだった。
富山に赴任して最大の驚きは、エビを食べられるようになったことです。小学1年生のころ、百貨店の食堂でエビフライを食べて腹をこわし、以来においをかぐだけで気持ち悪くなっていました。ところが、富山で食べた握りずしや天丼はおいしく、難なく食べられました▼おいしいのは海産物だけではありません。毎日新聞主催の今年の「全国農業コンクール」で全国20代表に選ばれ、優秀賞を受賞した富山市友杉の大平正博さん(63)が育てるトマトもそうです。富山県は米作は盛んなのに、野菜の産出額は全国最低レベルです。そんな状況のなか、大平さんたちは「富山トマト」ブランドの周知と品質向上に努めています▼果肉が硬めでしっかりとした歯ごたえがあるのが特長。見た目がやや青くても甘さがあり、日持ちもいいそうです。かじると口中にじゅわーっと甘さが広がりました。「一人でも多くの人にぜひ食べてほしい」。大平さんの言葉には、自信と誇りがにじんでいました。【佐竹義浩】
8月16日朝刊
室生犀星記念館(金沢市千日町3)は優待会員制度「草ひばりの会」を発足し、登録を呼びかけている。
同館は、泉鏡花、徳田秋声と並んで「金沢の3文豪」として今も親しまれている詩人・小説家、室生犀生(1889〜1962)の業績を展示で紹介し、企画展や催しも開いている。孫の室生洲々子・名誉館長のエッセー「犀川のほとりで」は毎日新聞石川面で毎月連載されている。
会員の特典は(1)館の企画展や催しの案内、館報の送付(年4〜5回程度)(2)企画展の招待券送付(年3回程度)(3)催し参加の申し込みは会員番号だけで簡単に(4)催しにより先行予約が可能(5)会員向けのイベント(文学散歩など)の実施。会費は年間1人500円。問い合わせは同館(076・245・1108)。【高村洋一】
8月16日朝刊
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◇避難所生活、想像を超えた現実 人の話に耳傾け
◇足湯隊の金沢大・末永さんと赤坂さん、能登半島地震経験「答え」に
ずっと悩んでいた。向き合った現実は、想像をはるかに超えていた。「どんな言葉をかけたらいいのだろう」−−。
岩手県陸前高田市の避難所で、金沢大1年、末永裕美さん(18)は「答え」を探していた。東日本大震災後の今年5月、金沢大生らが集まった「能登・金沢足湯隊」に参加した1人だ。被災したお年寄りらに足湯につかってもらい、手などをマッサージしながら、話を聴く支援活動に取り組んできた。
震災は他人事ではなかった。宮城県美里町の出身で、金沢大入学直前まで暮らしていたからだ。3月11日の午後、友人と遊びに行った仙台市内のバスの車内で激しい揺れに遭った。列車もバスも止まり、逃げまどう人たちの後について、近くの小学校へ向かった。自宅に帰ったのは翌日。壁には大きなひびが入り、テレビが倒れて壊れ、棚の皿が床にぶちまけられていた。水も電気も使えず、水くみや買い出しに追われた。
大学入学で4月に金沢に来ると、何も変わらない日常の風景に衝撃を受けた。被災地を離れ、苦労もせずに暮らしていることが、申し訳なく思えた。それが足湯隊に参加した動機だった。
足湯隊では、同大研究員・田中純一さん(45)の呼びかけに応じた人たちが最大で月に2、3回、約20人が陸前高田市の広田地区で活動する。
足湯の際に被災者から話を聞くたび、はっと息を飲んだ。津波に遭い、懸命に泳いで逃げた人。暑くて、不便な避難所生活。さっきまで明るかった小学生くらいの女の子がぽつりと「家、流されたんだ」と漏らした。がれきの撤去作業などとは違い、目に見える成果があるわけではない。本当に被災者の役に立っているのかと、いら立ちに似た気持ちに襲われることもあった。
この足湯隊に参加している同大4年の赤坂美幸さん(22)も、そんな体験をした。
珠洲市出身で、高校2年だった07年に能登半島地震が起きたが、自宅に大きな被害がなく、特に被災者を意識したことはなかった。
阪神大震災の被災地・神戸から能登半島にあった仮設住宅へ、支援活動に取り組む学生らがいると友人から聞いた。「地元に住む私が何もしなくていいのだろうか」。そんな自問を重ね、能登半島の被災者への足湯を2年前から始めた。
能登の被災者と話した経験があっても今回、戸惑うことは多かった。高齢の女性から「家を失った」と明かされ、「そうなんですか」とだけ言うのがやっとだった。ただ、うなづくばかりの時もあった。本当に役に立っているのだろうかと考えることもある。「でも、それでいい」と思う。能登半島での経験からの「答え」だ。
何度も同じ場所へ通い、同じ人たちに会い、話を聞き続ける。話を聞く存在がいることが大切なのかもしれないと感じる。来年の就職を目指す赤坂さんは「どんな仕事に就いても、ずっと足湯で学んだ『人の話に耳を傾ける』姿勢を大切にしたい」と願う。
「この前も来てくれたわね」。末永さんに陸前高田市の被災者が声をかけた。自分たちのことを覚えてくれていたことがうれしかった。これが一つの「答え」かもしれない。今は「申し訳ない」とは思わなくなった。「役に立ちたい」から行くのではなく、ただ「あの人たちに会いたい」から。そう考えている。【横田美晴】
8月16日朝刊
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